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説明 |
-----Original Message----- ②問題集で演習をしました。その問題集に負極での変化を Pb→Pb2++2e-とPb2++SO42-→PbSO4 の式を加えて Pb+SO42- →PbSO4+2e- と導いていました。そこで私はこの変化は最初の式と2番目 の式がずれて起こるのではなく、最後の式(3番目の式)が 起こるのだと言いました。それに対しての質問です。 ③なお、1999年のノーベル賞とは化学教室に掲示してある 「フェムト秒分光法」のことです。 ④生徒の質問は放電時に使う電子はSO42-の電子なのか Pbの電子なのかそれとも両方の場合があるのかという意 味だと思われます。 ----- unquote -----
まず、④に関してですが、電子はPb金属のものです。電極 反応は酸化還元反応で、上記反応で酸化数が変化するの は、Pb(0) → Pb(II) です。しかも、電池の外部回路との間で 電子が移動するのはPb金属内です。電気化学ポテンシャル を用いたネルンストの式の導出でも、電子は金属内に残ると して導出されています。
次に③に関してですが、「分光法」ってもので化学反応過程 を追跡できるのは、光によってエネルギーが励起されて反応 が進行するようなものが基本的なものでしょう。もしくは、反応 過程に伴い、光の吸収スペクトルが異なるようなものです。 これらは、基本的には非定常法のもので、エネルギーの緩和 過程を追跡するものですが、電極反応は連続的に起こってい ますので、緩和過程を見ていることにはならないだろうと思い ます。
最後に②に関してですが、これはどちらも正しいといえます。 問題にしている時間単位の違いによる意見の平行線ってもの ですね。電極反応を記述するとき、全反応として表現する場 合がほとんどで、反応の始まりと終わりだけを見れば、それ で十分なわけです。しかし、反応速度というものを考えた場 合、および反応機構というものを対象にする場合には、話は 違ってきます。たとえば、Pb+SO42- →PbSO4+2e-の 反応を、反応機構はどうなってるんだと問題にするときは、さ らに細かく分解して考えます。
Pb→Pb2++2e- Pb2++SO42-→PbSO4
ですね。これはさらに細かく分解できて、
Pb→Pb++e- Pb+→Pb2++e- Pb2++SO42-→PbSO4
と分解できます。PbSO4にしても、PbSO4結晶表面に核とし て析出し、これらの原子が表面を拡散し、キンクやステップと いった結晶構造の欠陥部分にはまっていって、結晶が成長す るとか、さらに分解して考えることができます。
この中で、Pb+や結晶表面の核といったものは、全反応が進 行する中間の段階で生成する過渡的なもので、反応中間体と 言われるものです。一般的に反応中間体は不安定で、ほぼ 瞬時に次の反応が進行してしまいます。しかし、極短い時間 の瞬間だけを切り出せば、確かにその中間体は存在している と言えるでしょう。この状況を素反応を用いた記述では、以下 のように書き、議論していきます。
1.初段の反応が遅い律速段になっている場合 Pb→Pb++e- Pb+ = Pb2++e- Pb2++SO42- = PbSO4 この場合は、2段目と3段目の反応速度は、初段の反応速度 よりも極めて早いので、電極表面でのPb+濃度やPb2+濃度 に関して平衡状態にあるのと同じ状態になります。また、Pb2+ は直ぐにSO42-と結合してしまうので、Pb2+が電解液バルク に移動していく時間的な余裕はなく、電極表面で即座に PbSO4が析出してしまいます。
2.初段と3段目の反応が同程度に遅い律速段になっている場合 Pb→Pb++e- Pb+ = Pb2++e- Pb2++SO42- → PbSO4 この場合には、電極反応の進行とともに、電極表面でのPb2+濃 度が確実に高くなっていき、電解液バルク側に拡散していくでしょ う。そして、電解液バルク中でPbSO4の沈殿が生成するでしょう。 このような現象が起これば、電解液バルク中で沈殿したPbSO4 は、電極に接触していませんので、逆反応(充電)には寄与しなく なりますから、電池としてはエネルギーロスになり、使い物になら なくなります。電子移動反応を激しく行うような場合には、それが 顕著に現れることになるでしょう。実際の鉛蓄電池の場合には、 自動車のセルモータを廻すような、とんでもない反応速度でもちゃ んと追従しますので、こういう状態にはなっていないんじゃないか と思います。
3.3段目の反応が遅い律速段になっている場合 Pb = Pb++e- Pb+ = Pb2++e- Pb2++SO42- → PbSO4 この場合には、2.の状況がさらに激しくなり、電解液中に大量な Pb2+が存在することになり、電解液バルク中でPbSO4の沈殿 が生成することになります。こんなものは、電池としては使い物 になりません。
たぶん、フェムト秒の分光法を持ち出した学生は、このような反 応中間体の存在を問題にしているんだろうと思います。しかし、 先生は、上記の視点から、鉛蓄電池は上記の1.のものと言える ので、Pb+SO42- →PbSO4+2e-と言い切っても良いのだ ということでしょう。その点の認識の相違に互いに気づいていな いため、議論が平行線に陥っているものと推察いたします。
まぁ、いろんな人との議論の中では、似たような話はあちこちに 出てきますよね。それが互いの誤解を生み、下手すりゃ民族問 題にまで発展したりする。授業で教鞭をとるときに、いつも難しい と思うのは、この点なんですよね。お互い、大変でしょうけど、少 しずつでも経験値を積み上げていき、良い授業ができるように日 々精進いたしましょう。この質問受付窓口の目的の一つには、 私自身がこのような視点の違いというものに気づき、知るためと いうのもあるんですよ。
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